大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和48年(ワ)6715号 判決 1976年1月19日

原告 株式会社大塚鋼建

右代表者代表取締役 大塚春彦

右訴訟代理人弁護士 多賀健三郎

同 正野建樹

被告 国

右代表者法務大臣 稲葉修

右指定代理人検事 前蔵正七

<ほか二名>

主文

一  被告は原告に対し、金三二万八、七二〇円及びこれに対する昭和四八年九月六日以降右支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その九を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

事実

第一申立

(原告)

一  被告は原告に対し、金四三万四、七三四円及びこれに対する昭和四八年九月六日以降右支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  仮執行宣言

(被告)

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

第二主張

(原告)

請求原因

一  訴外山陽商事株式会社(以下山陽商事という)は、福島地方法務局所属公証人池田保之作成の左記昭和四六年第三、四八五号金銭消費貸借公正証書(以下本件公正証書という)につき執行文の付与を受け、福島地方裁判所郡山支部執行官に対し強制執行の申立をした。

債権者山陽商事、債務者郡山シャーリング株式会社(以下郡山シャーリングという)。

貸付金 二、〇〇〇万円

利 息 年一割

遅延損害金 年二割

弁済期 昭和四六年七月末日

二  これに基づいて、同裁判所執行官大塚勇雄(以下大塚という)、同佐藤正義(以下佐藤という)は、昭和四六年八月四日以降四回に亘り債務者・郡山シャーリングの工場に臨み、別紙目録(以下目録という)(一)ないし(四)を含む各種鋼材(以下本件差押物件という)を差押え、そのうち、目録(一)ないし(三)の物件を含む一部物件については、第三者保管とすべく、債権者たる山陽商事が指定した郡山市向原町九一番地所在の訴外東北製鋼商事株式会社(以下東北製鋼商事という)の構内に保管替をした。

三  ところで、目録(一)ないし(四)の物件は、いずれも原告がこれを購入して所有し、郡山シャーリングに対し貸与していたものである。

四  そこで、原告は、目録(一)ないし(三)の物件につき第三者異議の訴(同裁判所昭和四六年(ワ)第一六三号)を提起し、強制執行の停止決定(同裁判所同年(モ)第二一三号)を得た。その余の物件については、昭和四六年八月二三日以降五回に亘って競売手続が行われた。

五  他方、郡山シャーリングは、本件公正証書の債務名義につき請求異議の訴(同裁判所同年(ワ)第二五二号)を提起し、勝訴した。

六  そこで、原告が、本件物件につき調査したところ、目録(一)ないし(四)の物件がいずれも紛失していること(目録(四)については競売にも付されていないこと)が判明した。

七  その結果、原告が受けた損害は、次のとおりである。

台数

一台あたりの購入価格

購入日

償却率(定額法)

耐用年数

損害額

目録(一)

6

五〇、〇〇〇円

45・8・10

〇・〇六六

一五年

二四万六、五四〇円

(二)

3

右同

45・8・11

右同

右同

一二万三、二七〇円

(三)

1

五五、〇〇〇円

45・9・10

右同

右同

四万五、一九九円

(四)

2

一二、〇〇〇円

45・7・10

右同

右同

一万九、七二五円

合計四三万四、七三四円

八  ところで、前記損害は、国家の公権力を行使する公務員たる執行官大塚、同佐藤の、公権力を行使するについて善良な管理者としての注意義務を怠った過失に基づくものであるから、被告は原告に対し、国家賠償法第一条に基づいて、右損害を賠償する義務がある。

九  よって、原告は被告に対し、金四三万四、七三四円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和四八年九月六日以降右支払済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(被告)

請求原因に対する認否

一  請求原因一、の事実は認める。

二  同二、の事実のうち、執行官が、原告主張の物件を、東北製鋼商事に保管替したことは否認し、その余の事実は認める。目録(一)ないし(三)の物件については、債務者に保管せしめることについて債権者の承諾が得られず、且つ運搬困難な事情もなかったため、他の鋼材機械とともに債権者の申出により、債権者に保管せしめることとし、債権者代理人宗川常夫に引渡し、郡山市向河原四番地所在の東北製鋼商事作業所内に保管せしめたものである。

三  同三、の事実は否認する。

四  同四、五、の事実は認める。

五  同六、のうち、目録(一)ないし(三)の物件が紛失したことは認め、その余の事実は否認する。目録(四)の物件(ロッカー二台)は紛失しておらず、他のロッカー二台と共に、昭和四六年八月一八日競売され、(差押番号50)競落人田部文一に引渡されている。

六  同七、の事実は否認する。

七  同八、の主張は争う。

第三証拠≪省略≫

理由

一  山陽商事が本件公正証書につき執行文の付与を受け強制執行の申立をしたこと、福島地方裁判所郡山支部執行官大塚・同佐藤の両名が昭和四六年八月四日以降四回に亘り郡山シャーリングに臨んで本件差押物件に対して差押をしたこと、原告が目録(一)ないし(三)の物件につき第三者異議の訴を提起したこと、その余の物件については競売手続がなされたこと、郡山シャーリングが本件公正証書に基づく債務名義につき請求異議の訴を提起し勝訴したこと、目録(一)ないし(三)の物件が差押後の保管中に紛失したこと、はいずれも当事者間に争いがない。

二  ≪証拠省略≫によれば、次の事実が認められる。

1  本件差押物件の前記差押後、目録(一)ないし(三)の物件については、執行官において直接保管することが技術的に困難であり、且つ債権者から、債務者に保管の能力がないこと及び保管中適切な整備を怠れば無価値になるおそれがあるとの理由から債務者に保管せしめることについて承諾が得られなかったため、執行官はこれらの物件を他の鋼材機械類と共に債権者に保管せしめることとし、債権者にその保管を命じて同人の代理人に引渡し、郡山市向河原町九〇番地所在、東北製鋼商事郡山支店の作業所内構内に保管せしめた。なお、その際、目録(四)の物件は債権者の保管に命ぜられることなく、差押の執行された郡山シャーリングの事務所内にその儘差置かれた。

2  その後、目録(一)ないし(三)の物件は前記保管中に紛失してしまったが(この点は争いがない)、目録(四)の物件(ロッカー二台)は他のロッカー二台と共に(計四台)昭和四六年八月一八日競売に付され、同日競落人田部文一に引渡された。

3  以上のように、差押後の保管中に紛失したのは、目録(一)のガス主進機六台、同(二)の円切自動切断機三台、同(三)の自動ガス切断機一台であるが、このうち、目録(一)のガス主進機六台、同(二)の円切自動切断機三台のうちの二台は、本件差押以前に、原告が旧郡山シャーリング株式会社から買受けて所有権を取得し、(この旧会社は解散し、その後原告が全額出資して、昭和四五年六月に新郡山シャーリング株式会社が設立された、これが前記の債務者・郡山シャーリングである。)郡山シャーリングに賃貸していたものである。

そして、前記紛失物件中のその余のもの(即ち、目録(二)の円切自動切断機三台のうちの一台と目録(三)の自動ガス切断機一台)は、郡山シャーリングが前記設立後に斉藤商事株式会社から買受けてその所有権を取得したもので、原告の所有に係るものではない。

以上の事実が認められる。

従って、原告所有の物件が差押後の保管中に紛失した、という原告の主張は、目録(一)の六台、同(二)のうちの二台についてはこれを肯認することができるが、別紙物件目録のその余の物件については失当である。

三  (被告の責任)

ところで、執行官は、差押物件を善良な管理者の注意をもって保管すべきものである。この理は、差押物件を執行官が直接保管すると債権者保管あるいは第三者保管とするとにおいて差異はないものというべく、したがって執行官は、債権者あるいは第三者に保管を命ずる場合、保管者たるべき者の信用、保管能力等の調査に意を用うるはもちろん、保管委託後も、執行官の占有機関たる保管者から適切な報告を徴し、あるいは自から直接保管場所に赴いて、保管状態の点検確認をする等して差押物件の保管に遺漏なきを期すべき注意義務があるというべきである。

そこで、この点について検討するに、前記認定及び≪証拠省略≫を総合すると、次の事実が認められる。

1  本件の差押に際しては、当時、原告代理人から執行官大塚に対し、「債務名義たる公正証書(本件公正証書)は、郡山シャーリングの代表取締役であった訴外持地一郎こと張根浩と山陽商事の代表取締役であった訴外紺野寿治が共謀のうえ、架空の債権に基づいて作成されたものであるから、差押物件の保管替、とりわけ債権者たる山陽商事への保管替だけは取止めてもらいたい。」との申し入れがなされていた。

2  しかしながら、執行官大塚、同佐藤の両名は、債務者(郡山シャーリング)が破産状態で保管能力が皆無であるとか、債務者に保管させていては整備ができず物件が無価値になってしまう、という債権者(山陽商事)の言い分のみを採り、山陽商事(商事会社で会社の所在地は福島市)の信用状態、保管能力、保管場所の状況等については格別の調査をすることもなく、債権者(山陽商事)に保管を命じて、その代理人に保管物件を引渡した。目録(一)ないし(三)の各物件はこのようにして債権者に保管を命ぜられたものの一部である。

3  右のとおり保管を命ぜられた債権者代理人は、それらの物件を郡山シャーリングの工場からトラックに積込んで、凡そ三キロメートル離れた東北製鋼商事株式会社の作業場構内に運び込み、こゝで保管されることになった。この運び出しまでは、目録(一)ないし(三)の物件はいずれも郡山シャーリングの工場内に在ったものである。

運び出された右保管物件はトラック二・三台分の量があり、これらのうち、シャーリングはシートをかけてロープで縛り露天に野積みにされ、目録(一)ないし(三)を含むその他の物件は右作業場の中央部に積上げシートをかけられていたが、それにはロープも巻かれず、且つこの作業場というのは駅のホームのような場所で、鍵をかけることなどもできないところであった。

4  その際、差押調書と右保管物件との照合はなされなかった。

5  その後、執行官大塚は、四、五回右保管場所に赴いているが、右物件の個々的な点検には相当な費用と時間が必要であったことからこれを行わず、いつも外観的な点検だけで済ませ、点検調書の作成もしていない。

6  右保管場所には、構内への入口に事務所と門があるとはいえ、外部から侵入の危険がないとは言えないのに、執行官大塚、同佐藤の両名は、保管者たる山陽商事に何らの警告も発せず、これを放置していた。

以上の事実が認められる。

右認定の事実によれば、執行官大塚、同佐藤の両名には、保管者の決定及びその後の保管方法につき、善良な管理者として尽すべき注意義務の懈怠があり、前記差押物件の紛失はこの過失に起因するものと認めざるを得ない。

そうすれば、執行官は被告国の公権力の行使に当る公務員であるから、被告国は執行官大塚、同佐藤が前記のとおり、その職務を行うについて過失に因って原告に蒙らしめた損害を賠償すべき義務を負担すること明らかである。

四  (損害額)

≪証拠省略≫によれば、本件において原告の蒙った損害は、つぎのとおり、合計金三二万八、七二〇円と認めるのが相当である。≪証拠判断省略≫

すなわち、紛失した目録(一)の物件六台及び目録(二)の物件二台については、その購入年月日、価格等が必ずしも明確ではないが、目録(一)の物件については郡山シャーリングが斉藤商事株式会社より、昭和四五年九月一〇日に購入した同種同等の物件と同目録(二)の物件については郡山シャーリングが同会社より同年八月一一日に購入した同種同等の物件とほぼ同等の価値を有していたと認められるから、紛失物件の価値は、すくなくとも、前記各物件の価値の九割を下らなかったと言うべきである。

したがって、

1  目録(一)の物件六台が紛失したことによる損害

合計          金二四万六、五四〇円

(一)  一台の購入価格     金五万円

(二)  原価償却率      〇・〇六六

(三)  耐用年数         一五年

(四)  購入年月日 昭和四五年八月一〇日

(五)  計算式 50,000×(1-90/100×0.066×3)×6=246,540

2  目録(二)の物件二台が紛失したことによる損害

合計           金八万二、一八〇円

(一)  一台の購入価格     金五万円

(二)  原価償却率      〇・〇六六

(三)  耐用年数         一五年

(四)  購入年月日 昭和四五年八月一一日

(五)  計算式 50,000円×(1-90/100×0.066×3)×2=82,180円

となる。

五  (結論)

以上の次第であるから、原告の本訴請求は、被告に対し金三二万八、七二〇円及びこれに対する訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和四八年九月六日以降右支払済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度においては正当として認容できるけれども、その余の部分は理由がないので失当として棄却すべきである。よって訴訟費用の負担については民事訴訟法第九二条に従い、主文のとおり判決した。なお、仮執行の宣言は相当と認められないのでこれを附さないこととした。

(裁判長裁判官 藤井俊彦 裁判官 渡辺雅文 裁判官佐藤嘉彦は、職務代行終了のため、署名捺印することができない。裁判長裁判官 藤井俊彦)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例